- ◆「葵の御紋」を型どる
- 大正末期から昭和初期頃に、三代目の貞一となりました。この貞一がアイディアマンで現在の
「葵煎餅本家」の気租を作ったのでした。
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- ◆徳川家とのつながり
- 貞一の妻の父が家康をまつる久能山東照宮の官職についていました。そんなことから久能山会の一員となり、
徳川家の方たちが来静するごとに駅頭に迎えていました。
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- ◆貞一のアイディア
- 貞一は、なんとか「駿府に住んだ家康公」をPRするために、葵の紋章を型どったせんべいを
手焼きして販売しました。
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- ◆久能山から大目玉!
- 貞一は、手焼きしたせんべいを久能山東照宮に奉納しました。ところが久能山から
「無許可でやるとは!」と大目玉!
貞一は、せんべいの主旨を説明し許してもらうことに成功。ここに葵の紋章をつけた「葵せんべい」が誕生したのです。
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- ◆葵せんべいは大成功
- 味噌味のきいた葵せんべいは徳川家や久能山、
浅間神社へと献上されました。その独特な味が各方面で賞賛
されるようになったのです。
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- ◆駿府屋
- 現在の場所におせんべい屋を移したのもこの頃。当時の屋号は「駿府屋」といいました。
葵せんべいのほかに、卵せんべい、味噌せんべい、瓦せんべい、巻せんべい、のりせんべい、落花せんべいを焼いていました。
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