- ◆「葵の御紋」を型どる
- 大正末期から昭和初期頃に、三代目の貞一となりました。この貞一がアイディアマンで現在の
「葵煎餅本家」の気租を作ったのでした。
- ◆徳川家とのつながり
- 貞一の妻の父が家康をまつる久能山東照宮の官職についていました。そんなことから久能山会の一員となり、
徳川家の方たちが来静するごとに駅頭に迎えていました。
- ◆貞一、新しい図柄を出す
- 貞一は新しい図柄を、なんと「菊の紋章」にしました。アイディアマンの貞一の行動が裏目に・・・
- ◆特高警察に・・・
- 「皇室のものとまぎらわしい図柄をせんべいにするとは恐れ多いことだ」と、特高警察の目にとまり、貞一は警察に引っぱられ、
製造中止となってしまいました。
- ◆戦時下の統制経済で営業も中止に
- 静岡大火後に区画整理が行われ、その道路拡張により敷地が狭められました。
さらに戦時下の統制経済で営業も中止となってしまいました。
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